2017/01/09

田中秀和さんのスケールを聴いてみよう

MONACA・田中秀和さんの書いたメロディーを聴いていると、
この音符が好き、とか、不思議と耳に残る、というところが出てきます。

そういう箇所には、特殊なコードだけでなく、
特殊なスケール(音階)が使われているかもしれません。

今回は、田中さんの使うスケールをちょこっとみてみます。
僕の勘違いも多いと思うので、話半分で読んでみてください。

(17/11/07  続編の記事を書きました)
田中秀和「PUNCH☆MIND☆HAPPINESS」の楽しいスケールワーク
1曲の中でのスケールの使い分けを聴いてみます。

(19/01/02)
上田麗奈「ワタシ*ドリ」(作曲:田中秀和) を聴いてみよう ※8bitカバー音源つき
スケールのアイデアが詰まった田中さんの名曲です。



■目次

  1. HMP5Bスケール
  2. メロディックマイナースケール系
     2-1.  ミクソリディアンb6thスケール
     2-2. リディアンb7thスケール
  3. ホールトーンスケール
  4. おわりに

**

以下続きます。
(移動ド、ディグリーネームで書いています)



1.  HMP5Bスケール (Harmonic Minor Perfect 5th Below Scale)

ハーモニックマイナースケールのなかまです。
田中さんの曲の切なげな部分で使われています。

    ・V HMP5B :  ソ  ラb  シ  ド  レ  ミb  ファ   (I ハーモニックマイナー系)
    ・VI HMP5B  :  ラ  シb  ド# レ  ミ  ファ ソ    (II ハーモニックマイナー系)

ラb - シ、シb - ド# の間にある、いびつな段差(増2度…1音半)が特徴です。
7(b9)、7(b9,b13) コードのときに使いやすいです。
通常のミクソリディアンスケール(ソラシドレミファなど)の代わりに使います。



HMP5Bスケール例1 … PUNCH☆MIND☆HAPPINESS
 ・0:43- Bメロ

    しあわせはどこに  あるのだろう    あおいとりは うちにいるって
    VI7                      IIm7               V7(b9)           I△7(9)
    VI HMP5B            II ドリアン           V HMP5B       I アイオニアン

    かごがあいたら にげちゃったよ   やあやあだれか
    VI7                    IIm7                 V7
    VI HMP5B            II ドリアン           Vミクソリディアン


    し   あ   わ    せ   は    ど   こ   に
    ラ   ラ   シb   シb   ド#   レ   ミ    ラ

    あ    お    い     と   り  は
    ソ    ラb    ラb    シ   ド   レ

赤字部分の増音程のいびつさがわかるでしょうか。切なげですてきです。
Bメロで急にダウナーな雰囲気が漂いますが、これがHMP5Bの効果なんですね。

(このBメロ部のOP映像も素晴らしいですね。アンハッピーな感じ。
 音楽への解釈がばっちりはまっています。)



HMP5Bスケール:例2 … ドラマチックガール
 ・0:30-  Aメロ後半

    しこう          さくご                  じぶんいろ
    IIIm7            IIIm△7              VI7(b9)
    IIIフリジアン       IIIメロディックマイナー   VI HMP5B

    じ   ぶ   ん     い    ろ
    ミ    ミ    ド#   シb   ラ

ド#→シbの段差を積極的に使うと、HMP5Bっぽさが出ます。
いきなり濃いマイナー色がでてきて、胸をグッとつかまれる感じがありますね。



・HMP5Bスケール:例3 … なるまるまーる


・音源0:55-   視聴:0:30-  Cメロ

  なんとか なる      まる           まーる
  IIm7        V7           IIIm7          VI7
  IIドリアン    V HMP5B     IIIフリジアン   VIミクソリディアン

  なん  と   か   な  る
   ミ   ド   ラ      レ  (メロ)
   ド   ラ   ファ  ラb   シ  (ハモリ)

ハモリパートに着目すると、スケールの使い方がより分かりやすいです。
ハモリのラb → シ の動きがとても耳に残りますね。



・HMP5Bスケール:例4 … EVERMORE

・動画1:42-  サビ後半

  テレビでぶたいで   せかいで
           IIIm7b5          VI7(b9)
           IIIロクリアン♮6     VI HMP5B     

  ぶ  た      で      せ        い   で
  ソ   ソ   ド#   レ       ミ    シb   ラ    ミ

田中秀和さんと滝澤俊輔さんの共作。
サビは滝澤さんから1行ごとに交代で書いているそうです。上記は田中さんパート。

IIIロクリアン♮6スケール(ミ ファ ソ ラ シb ド#   レ)も
同じハーモニックマイナー由来です。VI HMP5Bと構成音が一緒ですね。
ハーモニックマイナーを2連続で使うことで、さらに切なげ。




2. メロディックマイナースケール系

つづいて、メロディックマイナーに関係するスケールを見てみます。
マイナーとメジャー、ディミニッシュとホールトーンの雰囲気を合わせ持つスケールです。
不安定さで動きを生み出す感じ。


2-1. ミクソリディアンb6thスケール (MMP5Bスケール)

    ・V ミクソリディアンb6 :  ソ  ラ  シ  ド  レ  ミb  ファ        (I メロディックマイナー系)
    ・I ミクソリディアンb6 :   ド レ ミ ファ ソ ラb シb    (IV メロディックマイナー系)

明るさの中に、ほんの少しb6th (b13th)のマイナー感が加わります。
赤字部分の半音関係が特徴です。ちょっとふざけたり、はにかんだりする感じ。
7(b13)、augコード のときに使いやすいです。
通常のミクソリディアンスケール(ソラシドレミファ)の代わりに使います。


ミクソリディアンb6 例1 … PUNCH☆MIND☆HAPPINESS
・0:18- Aメロ

   ななつ     ころんで           はちかい             めのジャン         プ
   IIm7        IIm△7              V                       Vaug                 I△7
   IIドリアン     IIメロディックマイナー  Vミクソリディアンb6    Vミクソリディアンb6   Iアイオニアン

   は      か       め  の  ジャ  ン  プ
   レ  ミb    レ   ミb    レ   ド   シ    ラ  ソ

マイナーともメジャーともいえない独特の響きがしますね。
泣き笑いとか、不幸だけどめげない感じがかわいいです。



ミクソリディアンb6 例2 … 花ハ踊レヤいろはにほ
・1:01- サビ

  みたい         いろはにほ
  VIm7           Vm7       Iaug (I(b13))
    VIエオリアン      Vドリアン    Iミクソリディアンb6

  い  ろ  は  に  ほ
  ド  ド  レ  ミ  ソ  (メロ)
  ラb ラb シb  ド  ミ  (ハモリ)


augコードのところ、メロディーは普通ですが、ハモリは変わってますね。

augコード(ド  ミ  ラb(ソ#)) の上に、「ソ」を乗せるかどうか迷いますが、
ミクソリディアンb6では共存できます。(後述のホールトーンだと無理です)
この半音(長7度)の当たりが、気持ち良く響きます。



2-2.  リディアンb7thスケール(リディアンドミナントスケール)

   ・bVII リディアンb7th :  シb  ド  レ  ミ  ファ  ソ  ラb  (IV メロディックマイナー系)

先ほどのIミクソリディアンb6と構成音は一緒ですね。
bVII7、bVII7(9,#11)、Iaug/bVII  などで使われます。


リディアンb7th 例1 … V字上昇Victory
・0:53- サビ
  ぶつかったり  ハイタッチの  つまづいたり       フォローしたり
  I                    I(b5)             IV△7                Iaug/bVII
   Iアイオニアン        Iホールトーン       IVリディアン          bVIIリディアンb7

  フォ    ロー   し    た    り 
  ファ     ミ      レ    ミ     ド   (メロ)
  レ       ド     シb   ド    ラb  (ハモリ)

田中さんが使われる IV → bVII の動きと相性が良いスケールです。
IVメロディックマイナーに由来しており、IVm△7の雰囲気を持っています。



リディアンb7th 例2 … ワタシ*ドリ
(上記動画には該当部分が含まれないので、元の音源を聴きつつみてください。)

・0:34- Aメロ

   なにをかんがえているか  は      ないしょ (テテテテテテテテテ)
   IV△7                           Iaug/bVII
    IVリディアン                     bVII リディアンb7

   な   い   しょ    (テ    テ    テ    テ    テ    テ   テ    テ)
   ファ ファ  ソ      ミ    レ   シb   ラb   ミ    レ  シb   ド


明るいような暗いようなサウンドにほれぼれします。

(記事と関係ないですが、この曲最高に好きです…。
 ホントに北園みなみさんとかLampの域ですね。)

ギターのテテテテ♪だけを取り出すと、
後述のホールトーンとも一緒の音列が選ばれています。
マイナーな旋律とホールトーンな合いの手が一緒に感じられるスケールですね。



3.  ホールトーンスケール

さいごに、特殊なホールトーンスケールを見てみましょう。

    ・V ホールトーン :  ソ  ラ  シ  レb  ミb  ファ    (ソ ラ シ ド#  レ# ファ)
      ・I  ホールトーン :  ド  レ  ミ   ソb  ラb  シb    (ド レ ミ ファ# ソ# ラ#)

全音音階の、調性が薄く浮わついた響きがポイント。
不気味なほどの明るさ、溢れる多幸感、という印象です。

このスケールが出ると急に調子はずれになるので、
うわっなになに? ってびっくりしますね。
合いの手・対旋律(オブリガート)で使うとお茶目で可愛い感じです。


・ホールトーン例1 … PUNCH☆MIND☆HAPPINESS

 ・0:22- Bメロ
  ジャンプして         ニッコリ              (テレレレレ)
     I7                     VI7(b9)              VIaug
   Iミクソリディアン          VI HMP5B+#9    VI ホールトーン


  (テ  レ  レ  レ  レ)
   ファ ミb  レb  シ   ラ



合いの手で、ころころ転がるようなホールトーンスケールが入っています。
可愛い。



・ホールトーン例2 … なるまるまーる

・音源1:02   動画:0:37 Cメロ

      いんせ   きが         ふっ てこな        くて
  IIm7           V7                 I                 VI7
  II ドリアン     Vホールトーン        I アイオニアン    VI HMP5B

  い  ん   せ  き  が  ふっ  て
  ミ  ファ  ラ  ミb  レb  シ  ド  (メロ)
  ド  レ  ファ  シ  ラ   ソ  ソ  (ハモリ)


メロディーで使われている例です。一瞬、調子はずれになりますね。
こういうホールトーンをちらっと経由する使い方がとてもツボです。可愛い。

スケールチェンジするときは、メロディーだけでなくハモリ、合いの手も
きっちり同じスケールに乗せるのが大事ですね。
変化が強調されます。



・ホールトーン例3 … V字上昇Victory
・Aメロ 0:29-

  そのあいだにあるものはなに  turn turn (テレレテレレレテレレ-)
   I△7(9)                                Iaug
  I アイオニアン                             Iホールトーン


合いの手が(おおむね)ホールトーンスケールで組まれています。
ホールトーンスケールは、長いフレーズであるほど違和の効果が強くなります。
強烈な響きが楽しいですね。



・サビ 0:53-

  ぶつかったり  ハイタッチの  つまづいたり  フォローしたりの
  I                    I(b5)             IV△7            Iaug/bVII
  Iアイオニアン        Iホールトーン      IVリディアン        bVIIリディアンb7

        ぶつ  かっ  たり  ハイ  タッ   チ     の
    ソ     ソ     ド     レ     ド     レ     ド   (メロ) 
    ミ     ミ    ソ     シb   ラb   シb   ラb  (ハモリ) 
    ミ    レ    レ   ソb   ソb   ラb     ラb   (ギター) 


メロディーは普通のメジャースケールに見えますが、
ハモリ、ギターのフレーズを聴くと、ホールトーンスケールなのがわかります。
対旋律やハモリの予想外の動きが気持ちいいですね。




4. まとめ

  1. HMP5Bスケール:切なげ
  2. メロディックマイナースケール系:泣き笑い
  3. ホールトーンスケール:多幸

田中秀和さんの曲から、好みなスケールを並べてみました。

各スケールには、「出身調」があるので、
スケールチェンジは、部分転調みたいなものだといえます。
細かい部分転調が積み重なって、田中さんの魅力的なメロディーや合いの手が
生み出されているのですね。

特に最近の作品は、スケールの工夫が随所に溢れていて。
複雑な作曲で、より可愛くキャッチーに、という攻めの姿勢が体現されています。


余談ですが、田中さんとMONACA・石濱翔さんは、
用いるコードが似ていますが、スケールの扱いが異なりますね。
石濱さんは、難しいコード上でもスケールチェンジが最小限になるよう組まれています。

同じコードでも、スケールによって様々な色付けが可能だ、ということですね。
今後も、旋律やハモリの動きに注目して楽曲を聴いてみましょう。


***********

おまけ

今回の記事に関連して、日本のポップスから使用例を上げてみます。
■Strawberry Record - GRETEL
作曲はlahcimさん。

サビ 1:16-
  IV△7         bVII7                      IIIm7              VI7
  IVリディアン    bVII7 リディアンb7         IIIフリジアン       VI HMP5B

サビのメロディーに、先ほどのスケールが登場しますね。
昔から、このサビのメロディーが大好きだったのですが、
好きな理由がちょっとわかりました。嬉しい。



参考文献

 作曲基礎理論~専門学校のカリキュラムに基づいて
スケールの勉強に。
「スケールで調性の振れを作る」という説明がとてもしっくりきました。
丁寧な解説で、お気に入りの本です。




関連記事

◆田中秀和「PUNCH☆MIND☆HAPPINESS」の楽しいスケールワーク
https://kaho-ss.blogspot.jp/2017/11/punchmindhappiness.html
1曲の中でのスケールの使い分けを聴いてみました。


◆上田麗奈「ワタシ*ドリ」(作曲:田中秀和) を聴いてみよう ※8bitカバー音源つき
https://kaho-ss.blogspot.com/2019/01/8bit.html
スケールのアイデアが詰まった田中さんの名曲です。


◆聴いて覚える田中秀和さんのコードワーク
http://kaho-ss.blogspot.jp/2014/10/blog-post.html

ハーフディミニッシュ・ディミニッシュコードの紹介。


◆田中秀和さんのオーグメントコードを聴いてみよう (田中さん特集2)
http://kaho-ss.blogspot.jp/2014/12/blog-post_7.html

オーグメント(オーギュメント)コードの紹介。


◆神前暁さんがつくる魅惑の「短3度転調」
http://kaho-ss.blogspot.jp/2014/09/3.html

キー±3 の転調。


◆神前暁「chocolate insomnia」でコードの転回形を覚えよう
http://kaho-ss.blogspot.jp/2016/04/chocolate-insomnia.html

転回形の使い方。


◆Lamp「雨降る夜の向こう」「八月の詩情」のコードを聴こう
http://kaho-ss.blogspot.jp/2015/02/lamp1.html

凝ったコードでキュートなポップス。

2 件のコメント:

  1. こんばんは。毎回読み応えのある記事ありがとうございます。
    『ワタシ*ドリ』たしかに北薗みなみさんと通じる良さがありますね!先日視聴が公開された『スローライフ・ファンタジー』もすごく良くて、もう何回も聞いてしまってます。

    以前VI7(b9)がすごく田中さんらしいという話をされていましたが、背景にはこういった理屈があったのですね。
    『V字上昇Victory』はすごくホールトーンなんですが、用いられ方の意図が一曲の中で様々でおもしろいと思います。
    田中さんが以前よりaugコード好んで(?)用いられているのもスケールへの工夫、考え方の視点から見ると興味深いです。

    MONACA好きなので音源はなるべく追ってるのですが最近は劇伴のCDがあまり出てない気がして寂しいです。デレマスのサントラがいろんな条件が重なった奇跡だったのかもしれませんが、あのレベル…とはいかなくてもまたサントラ出てほしいなと思います。
    また更新のんびり楽しみにしています〜

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  2. こんにちは しおさん。お読みいただいてありがとうございます。
    スローライフ・ファンタジーめちゃいいですねー。AメロBメロのペンタトニック+かわいい譜割りが大好きです。
    敬愛する真部脩一さん・相対性理論の感覚にも通じていて、ツボど真ん中です。

    augコード(b13)は無色透明なので、スケールで色付けすると様々な表情/調性をつけられるんですね
    ほんの少しだけスケールがわかるようになったので、改めてドラマチックガールも取り上げられるように頑張ります。

    田中さんの作曲技術は、その幅広さもさることながら、使うタイミングが抜群にすばらしいと感じます。
    工夫しているポイントと「この音大好き」のポイントが一致するのですよね。

    僕は卓球娘のサントラがぜひ欲しいなと思います。
    いまのところBDの特典CDとして収録される予定はあるみたいで、買っちゃいそうです。

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